韓国ウェブトゥーン、ローカライズの現場(1/2):ローカライズディレクターの仕事とは

-アプリでマンガを読むことが当たり前になった昨今、韓国のウェブトゥーンを日本語で読んでいる方も多いのではないでしょうか。“日本語版”韓国ウェブトゥーンはどのように作られているのか。

ウェブトゥーン・ローカライズの現場、コリアマーケティング株式会社のウェブトゥーンローカライズディレクター塩野愛実さんにインタビューしました。KORIT独占インタビューで2回に渡り連載いたします。

ローカライズディレクターの仕事とは

Q. ローカライズディレクターのお仕事について教えてください。

塩野さん ウェブトゥーンのローカライズは、おおまかに原作の韓国ウェブトゥーンを日本語に翻訳し、写植(作画の編集)をすることで完成します。ディレクターの仕事は、作品ごとの制作会社との詳細な調整や内容に関する提案、その決定に基づいた翻訳・写植・校正担当間に入っての指示出し、また納品物の品質チェックまで、作品の受注~納品までの全てのフローを一貫して管理することです。

弊社の場合、作品の質を保つために1作品に対し1名の翻訳・写植担当が最後まで一貫して担当することにしていますが、長期間に渡っての作業になるため、どうしても表記揺れや確認漏れがでます。長編の作品であっても、一部始終の表現に乱れがないかを見張るのもディレクターの重要な役割の1つです。

また写植担当は必ずしも韓国語ができるとは限りませんので、いかに作品の世界感を正確に伝えることができるか、また作業を行ううえでのリスクヘッジ(なにをどこまで原作から変更しても構わないか)をあらかじめ詳細に確認しておいてあげられるかが重要になってきます。

クライアントである制作会社側との関係性ももちろん大事ですが、翻訳・写植の方にいかに作品に対して熱い想いを持って取り組んでいただけるかが、結果的に作品の質に繋がってきます。各担当者からなにかローカライズ作業に関する提案があった際は、私が制作会社や原作の作家様と調整し、提案を通していただくこともあります。各担当者が悩んでいるときは、私も翻訳をしますし、写植もします。自分が実際にやってみたうえで、一緒に悩んで代案を提示します。中立な立場で、お互い気持ちよく仕事ができる環境を作るのが私の役目だと思っています。

Q. 具体的にどのようなことをするのですか?

塩野さん 制作会社から依頼を受ける場合、まずは初回10話分のデータを頂き、作品の内容や世界観を理解するところから始まります。その上で、作品の舞台を日本に変更するのか、韓国設定のままローカライズを進めるのか等を協議し提案をします。翻訳・写植の各作業にどれくらい工数がかかるか、どれくらいの見積を出すか、だれに任せるのが最適化か、また配信までのスケジュールもこの時点で検討します。

受注が確定すると、本格的なローカライズ作業を進める前に「基本設定集」を作成します。翻訳担当と共に登場人物の名前、人称、話し方(語尾)、各キャラに対する呼び方などの詳細なキャラ設定や、ローカライズをする上で発生しうる懸念点、表現の確認などを書き出した資料です。例えば、日本用の名前を別途設定する場合、キャラクターの性格や顔を重視で名付けることが多いです。漢字から読み取れるイメージ…「学(まなぶ)」だと誠実そうとか、「~也」だとヤンチャそうだなとか、「篠崎」だとお嬢様っぽい苗字だなとか…名前のイメージと、原作のキャラクターのイメージが合うように、翻訳担当と検討します。また、原作の韓国名がストーリーと伏線がある名前の場合には、日本語にした場合にもその伏線が生かされるよう名付けていきます。

呼称に関しては、ヒョン(韓国語で年下の男性が年上の男性を呼ぶときの呼称)は、日本では「○○さん」「○○先輩」が一般的で、本当の兄弟や仲が良ければ「呼び捨て」なんてこともありますが、元ヤクザの関係などの設定の場合には、同じ「ヒョン」でも原作の世界観を引き継ぎ「アニキ」などと設定する必要がありますよね。

用語に関しては、1つの表現に対し複数の訳が考えられる場合、翻訳の揺れを防ぐために最初の時点でおおよその訳文を確定させます。例えば、韓国語で「귀신」という単語がありますが、「おばけ」と訳すか「霊」と訳すかでニュアンスが違いますよね。また、韓国語も漢字を元にした表現が多いので、直訳ができてしまう表現もあります。ただ、日本ではあまり一般的に使用される表現でない場合も多いので、何の表現に置き換えるかをあらかじめ検討するわけです。

「基本設定集」の内容を制作会社、韓国側の版元、原作の作家が確認をし、問題がなければ作品の設定が確定します。この設定をもとにいよいよローカライズ作業が本格的に始まっていくわけです。まずは、翻訳担当がセリフの翻訳を進め、ディレクターである私が確認、その際に写植担当に向けた指示も一緒に追記します。主に背景作画をどのように変更するか、注釈をつけるかなどの細かい指示です。このデータを写植担当に回し、最終的に出来上がったデータを再度確認の上、最終校正をかけます。

原作の韓国語版では基本セリフは「横書き」で「左から右」に読みますが、日本語版では「縦書き」で「右から左」に読む流れへとすべてフキダシやコマの配置を変更します。また背景の看板文字や、ローカライズ作品の場合には必要に応じて紙幣を韓国紙幣から日本語紙幣に変更したりなど、大幅な作画修正を行うこともあります。セリフの翻訳自体が間違っていないかだけでなく、こういった作業1つ1つに漏れがないかをすべて確認します。特に韓国作品は、特定の商品名やキャラクター、芸能人などもお構いなしに登場するため、日本で配信するうえで著作権の問題に触れそうな部分はすべて伏字対応や該当部分をぼかすなどの対応が必須です。制作会社、各担当との間に入り、原作の世界感を崩さず、かつ日本の読者が読みやすいウェブトゥーンを目指し、このような作業を予算・納期にあわせて日々こなしています。

―作業を進める中で気にかけている点はありますか?

塩野さん 単なるきれいな「翻訳作品」にならないことです。読者にとっては、「いかに韓国語がきれいな日本語にうまく訳されているか」は関係ありません。日本語で初めて作品を読んだ人が、ス~ッとストーリーが流れるように頭の中に入ってきて、その世界感に没頭できるかが重要です。1度でも読み直したくなるセリフがあるのだとすれば、それは翻訳内容があっていたとしても、ウェブトゥーンの翻訳として失格であるという想いで、別の表現を探すようにしています。配置や改行の問題の場合にはそれも修正をかけますし、原作表現がそもそも問題の場合には、制作会社や原作作家に確認の上補足のセリフを追記してしまうこともあります。

あがってきたデータを確認しながら私も一緒に表現や配置を考えるのですが、「1回で頭に入ってこないな」という表現であったり、恋愛モノであれば「もっとドキッとする表現があるはず…」など、意味はあっていても納得のいく日本語の表現を見つけることは本当に難しいです。直訳は辞書で出てきますが、こればかりは辞書の力ではどうにもならないので…。なので、言い方が変ですが「日本語の勉強」も欠かせないです。とは言っても、原作のニュアンスを理解するためには「韓国語の勉強」も欠かせません。どれだけ勉強しても、いつも自分の語彙の少なさを痛感します。

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※記事の原文のリンク

https://www.korit.jp/interview_koreamarketing_webtoon_1

配信:2022.02.16